革クラフト・和裁・洋裁・編み物・手芸などの手作り作品紹介。今まで作りためたモノを少しずつ紹介していきます。「手作りに見えない手作り」が目標です。

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奈良錦光園にて 墨作り見学とにぎり墨体験

2月初旬、奈良にちょこっと1泊してきたとき。(過去記事⇒奈良東大寺グルメ鹿

そのとき、奈良墨 錦光園で、奈良墨製造過程の見学とにぎり墨体験をしてきました。

奈良市では、日本の固形墨の90パーセントを作っているとか。
錦光園を訪ねる前に寄った興福寺。室町時代、その宿坊で燈明のすすを集めて作った油煙墨が、奈良墨のはじまりと聞いて、なんかちょっとうれしかった。

そんな歴史を聞きながら、墨作りの過程を見させていただきました。

奈良墨の製造過程
DSCN3936.jpgコレが梨の木でできた木型。
DSCN3938.jpgお釜から出したのは生墨。柔らかさを保つために一定の温度で保管。松ヤニや油を燃やして出てきたすす、膠(にかわ)、膠のニオイを消す香料としての樟脳(しょうのう)が原材料。
DSCN3944.jpg天秤で量って
DSCN3939.jpgよ~~く練って。
DSCN3941.jpg練るほどにキメがそろいツヤがでる。
DSCN3942.jpgコレを木型に入れて
DSCN3943.jpg万力でギュギュっっと
DSCN3947.jpg取り出したばかりは
墨こぉ~~んなにしなやか
DSCN3949.jpgできあがり。真ん中が乾燥したもの。かなり小さくなっている。
できた墨は木灰の中で時間をかけて乾燥させる。一気に乾燥させるとひび割れたりするから。


ここからはにぎり墨体験
にぎり墨1お釜からだした生墨を先生が練ってくれて、それをギュっとにぎるだけ
にぎり墨2あぁ~~あったかくって、やわらか~い。
手はそんなに汚れません。
DSCN4111.jpg桐箱に入れてくれます。箱の中で2ヶ月半乾燥させたところ。
DSCN4534.jpgもちろん、墨としても使えるけれど、もったいない。こんなふうに筆おきにするといいそうです。
指紋つきで、自分だけのにぎり墨。良い記念になりました。

お話をお聞きして、わかったこと。
墨には膠が入っているため、腐りやすい暑い夏は作れない。一番上質な墨が作れるのは、寒くて乾燥しているこの2月。
手や衣服についた墨を一番よくとるのは・・・ウグイスのふん。コレが最高だそうです


要予約。ひとり1050円って、チョーお得。詳しくは↑のHPで。
マンガ 『とめはねっ!』の影響で、今年は書道に挑戦予定。このにぎり墨は使えないから、商品の墨も買ってきました。がんばるどー




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東大寺 金剛力士立像と奈良の大仏 大きさにビックリ!

仁王さん=なんか怖い顔して怒っている、っていうイメージ。「わるいごどしたらゆるさねぞ~」って、なまはげみたいな存在だと思っていました。⇒盛岡の仁王像~やっぱり photo blogコレ、子どものころから、お寺の地獄絵とともに、私の中の怖いものの上位。


奈良東大寺で、教科書に出てきた運慶・快慶の東大寺『金剛力士立像』
実物見てきました~~ 
ココにいらしたんですね~(←無知でムチムチ)
DSCN4001.jpg←この南大門の柱の中に。
デカイ大迫力ほこりがかかったように白く見えます。800年を経て現存する歴史の証明。
DSCN4005.jpgDSCN4004.jpg
先日、ちょうどNHKで、夢の運慶 傑作10選 NHK 日曜美術館が再放送されていました。偶然なのか、いや、いつもやっているのに、たまたま最近自分が見て意識の先っぽにあるから気に留めるのか・・・いつもなら見過ごすのに、今回は興味深く見ます。とにかく百聞は一見に如かずで、実際に修学旅行などで歴史的建造物や仏像を自分の眼で見るということは意味のあることなんだろうな~そのときぜんぜん知識がなくても、のちのち知りたくなって調べるってこともありますよね。

東大寺の守護神であるこれらの巨像は、高さ8、4メートル。平成の解体修理の結果、像内納入文書から運慶、快慶、定覚、湛慶(運慶の子)が小仏師多数を率いてわずか2か月で、工房制作により造立したものであることがあらためてわかったそうです。それぞれ3000ピースほどのパーツからなる寄木作り。組み立てた後、何度も修正をくりかえしていることも。例えば、吽形(うんぎょう)像。右手は下から見上げたとき手のひらをより大きく見せるために、手首の角度を変えて、その隙間に木片をさしこんだとか。また、腕の筋肉の盛り上がりを強調するために、木片をつぎ足したりとか。
大きさだけでない。この力強い存在感。
 
これだけ大きなものを短期間でひとりふたりで作るのはとても無理。かといって、ひとつの芸術作品は、たくさんの人が一緒に作り上げるものでもないでしょう。仕事の割り振り、指示も難しければ、自分のイメージを伝えカタチにするだけの技術を身につけた弟子を育てなければならず、それ自体、長い時間がかかります。さらに運慶が制作の総指揮にあたったわけで、そのリーダーシップたるや、おそるべし。2ヶ月っていう制作期間は奇跡的だけど、その裏にはカリスマ大仏師の運慶と、多くの仏師たちの日々の精進があったのでしょう。




そして、奈良の大仏さま
DSCN4007.jpg盧舎那仏像(るしゃなぶつぞう) 、この大仏殿(東大寺金堂)の中に。

大きいことは知っていましたが。
ホント大きい。15メートルか~
見上げた人々の目を意識して、頭部や手が大きく作られているんだ~3頭身。

奈良時代、疫病・干ばつ・飢饉・地震・反乱などの社会不安を取り除き、国を安定させたいという願いから、聖武天皇の発願で創建。752年、開眼供養会(かいげんくようえ)の時点でもまだ未完成。青銅の鋳造で、当時は金メッキがほどこされていたそうです。光背と同じ金ピカだったのね~~
現在の技術を駆使しても、その再現はきわめて難しいそうです。
技術ももちろんですが、鋳型を作る土、銅・金など莫大な原材料の確保が困難だし、労働力だってどうする?ってことです。
完成までの28年間。その間の犠牲はどれほどだったか。携わった労働力は全国からのべ260万人。税も上がり人々は貧窮したといいます。金メッキで発生する水銀の中毒被害も相当だったようです。これが平城京がわずか74年間で歴史を閉じ、長岡京へ遷都せざるを得なかった理由とする説もあります。
その方向から見ると、そもそもの建立の目的・役割は?って話になりますが。

以来、大仏と大仏殿は、源平争乱期と、戦国時代の2回、兵火で焼失したり、地震や台風の被害に遭いながら修復が繰り返されてきました。当初の部分は台座の蓮弁(華厳経の世界観の線刻がほどこされた蓮の花弁)、腹、袖など、ごく一部が残るにすぎず、両手は桃山時代、頭部は江戸時代頭部は江戸時代、体部は大部分が鎌倉時代の補修であるそうです。たしかに、頭と体ははっきり色がちがっていました。また、堂内に展示された年表に、戦乱で焼失した東大寺の復興に際し、藤原秀衡が金を献上したとありました。させられた、ということでしょうが、身近なところで、奥州藤原氏も関わっていたんですね。



大仏さまもすごいけど、その大きな大仏を囲っているこの大仏殿、それを支える柱の巨木に唖然。
樹齢何年?ってカンジです。
鎌倉の大仏に現在大仏殿がないのも、無理ないですわ~(比較はコチラのサイトで⇒奈良・鎌倉 大仏百科

この大仏殿に関しては、以前見た歴史秘話ヒストリア 奈良の大仏 奇跡の復活劇が思い出されます。

(↑のNHK HPより引用)・・・戦国時代には、兵火により大仏殿が炎上し、大仏は上半身が溶け崩れてしまう。その後、修理されるが資金が不足し頭は木造に銅版を貼る応急処置しか出来なかった。炎上から100年たった江戸時代初期、朽ち果てて痛ましい姿に変わっていた大仏の姿を見て涙を流し、再建を決意したのが東大寺の13歳の少年僧・公慶だった。「自分には傘があるが、大仏さまは風雨にさらされたままだ」と。公慶は37歳の時、再建資金を人々から寄付してもらうため全国行脚を始めた・・・



奈良時代の昔から今にいたるまで、いろんなドラマがあったんですね。
こんなスゴイものを実際この目で見ることができて、幸せですわ~

<追記>
平成の解体修理のドキュメント、ココにありました。
昭和・平成の大仏師たちのドラマ、感動です。

プロジェクトX 「南大門に王像大修理~運慶に挑んだ30人」


1/4だけのせましたが、4/4までありますので注意。


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奈良、んまがったど~

着いてすぐのランチは、『カナカナ』の「カナカナごはん」
DSCN3920.jpgドリンクつきで1250円の安さ。
海老とブロッコリーのクリームコロッケ和風あんかけが絶妙でした!雑穀味噌のせ豆腐もうまし。
お店の詳しくはコチラで⇒奈良町で人気の和風古民家カフェ『カナカナ』@奈良町~ブログ『奈良に住んでみました』


甘味もはずせないということで、寧楽(なら)パフェ。
DSCN3933.jpg650円ナリ。
もちいどのセンター街からちょこっと入った cafe茶香庵 の寧楽(なら)パフェ。奈良名産の大和茶、黒米、柿(今回はいちごでした)、わらびもち、地酒(純米吟醸酒)を使っているそうです。大和茶のゼリーの上に、黒米はフレーク、あとは何をどう使っているかわからないけど、アイス、ケーキ、白玉がのってて、甘さかなり控えめ。で、自家製黒蜜をたっぷりかけて、とってもおいしゅうございましたわん。日曜含めお休みが多いようなので、注意です。開いててよかったです。


コレ、奈良町なべ。
DSCN3965.jpg有機野菜を土鍋で蒸した、シンプルな料理。野菜の甘み、実感。
夜は 旬菜 ひより で大和の野菜懐石(案山子)を。奈良町なべはその中のひとつ。つき出し(小カニのから揚げ)、前菜(大和野菜のおひたしや白和え3種)、お造りサラダ(数種の刺身と新鮮しゃきしゃき野菜サラダ)、焚き合わせ(ふろふき大根)、蒸し物(奈良町なべ)、油もの(てんぷら)などの野菜の料理とご飯セット(古代米ご飯、香の物、汁物)、デザート(特製わらびもち)と、3675円で大・大・大満足のコース。鈴鹿山脈の清流で育った岩魚(いわな)の焼き物もついて(海老、能登地鶏の3種から選ぶ)ます。野菜は専属農園で有機栽培の新鮮野菜を中心に、旬の一番おいしい素材を提供しているそう。支配人も厨房から出てきて、詳しく説明してくださって。素材に対するなみなみならぬ愛情とこだわりを感じました。もちろん、料理は、冷たいものはヒエヒエ、熱いものはアツアツで出てくるし、その間隔もちょうどいいし、素材を生かす切り方、味付け、火の入れ方、盛り付けにほ~ほ~と納得でした。一番の驚きはゴボウのてんぷら。ふっといのに、ほっこりやわらか。「蒸してから揚げるんですか?」と質問すると、「米を収穫したあとの田んぼで育てるんです。土が固いから、ゴボウは長く伸びられず太く柔らかくなる」って。その太く柔らかいゴボウを、軽~くだしで炊いて揚げているそうです。なるほどね。



テレビで話題の 麺闘庵の巾着うどん(逆きつねうどん)
DSCN4015.jpgDSCN4016.jpg700円。
いやいや、何度も店の前を通っていたのに、見逃すところでした。
ケンミンショーやにっぽん菜発見の石ちゃんレポートで見たぞ~~
巨大なお揚げの中に、うどんが入っている。お揚げの中に入っているんだから、量は少ないだろうと思っていたら、なんのなんの。お揚げは甘辛くちゃんと煮てあって、うどんを入れやすく破れにくいよう、焼き加減など工夫した特注だという。
巾着の口をしばっているのがネギというのも、またうれしい。水差しにさした青々したネギをしゅるんととって、注文を受けてから作業しているのがわかりました。うどんはシコシコ弾力があり、ダシもちょうどいいあんばい。このユニークな風貌でなくても、十分おいしい。が、巾着を割って中からうどんを出すヨロコビはたまらんかも。
お店の詳しくはコチラがいいかも⇒麺闘庵の巾着きつねうどん~tetsudaブログ『日々ほぼ好日』


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奈良にいってきたど~

平城遷都1300年祭で沸く奈良に行ってきたど~~!
でも、ちょっと早かったかな~?春からいろいろ行事があるみたい。

いやいや、一泊でしたが、とってもいい時間を過ごせましたよ。
というのも、やっぱりブラバン仲間、兵庫に住むふみえちゃんと、愛知に住むのんちゃんとワシ。この3月でのんちゃんは盛岡に帰っちゃうし、えいやっとばかりに中間地点で会おうということに。

まずは興福寺に。
DSCN3930.jpg五重塔が美しい

阿修羅像が目的だったのに・・・国宝館は改修工事のため見ることができず。
ありゃりゃ~~ガイドブックに書いといてよ~~と文句言いましたが、家に帰ってガイドブックを読み直すと、ちゃんと書いてました。よく読めよ~~ってな。

3月1日から見られるそうですよ。


気をとりなおして。奈良と言えば、鹿。
DSCN3981.jpg
かわええな~
と思ったのは、鹿せんべいを買うまで。
買ったとたんにたくさんの鹿に囲まれたので、
小さい鹿優先にあげようとしたワシ。
すると、デカイ鹿がワシの尻めがけて突進。
いくらマトがデカイからって。
なにもそんな思いっきりさ。
ツノは切ってあるものの、その根っこが硬くて痛い。かなーり痛い。

鹿、要注意

ホルンの音で「鹿よせ」やってました。
DSCN3978.jpgDSCN3979.jpg
もうすでに、鹿たちがそこここにいたので。
この鹿たちは、鹿よせでどうなるんだろうな~と思っていたら。
お兄さんがホルンを吹いてしばらくすると・・・
森の中からわらわらと出てくる出てくる。

いや~この光景、なんか癒されました。



奈良の鹿愛護会の方々ががんばってるんだな~
ニュースで見ました。人があげる鹿せんべい以外の食べ物や、ゴミ・ビニール類を食べて、鹿の数が激減してるって。
千年以上も前からここに住みついていて、野性でありながらずっと人と共存している。
コレってスゴイことなんだろうな~


奈良に行ったら、やっぱり見たい鹿。
私たち観光客が、気をつけるしかないですよね。

あ、鹿愛護会の方が教えてくださいました。
鹿がしつこい場合、両手のひらを上にかざして、「もうないよ」ってやると、鹿はちゃんとわかってくれると。
ホントだ、しつこくちょうだいちょうだいしない。
もっと早く知っておけば。

さっきの頭突きは、許してやるとしよう。

鹿よせ情報はコチラ⇒鹿よせ ホテルサンルート奈良すたっふblogで。



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馬籠への旅

ブラバンでフルートの後輩、けいちゃんが岐阜に出張でやってきました。
盛岡からです。
せっかくこっちまで来たんだから、どこかで会おう、どこ行こう・・・ということに。
ホントは白川郷に行きたかったけど、時間的に無理。
ワシ、よぐわがんねし。とりあえずけいちゃんの指示通り、多治見で合流し、中津川へ。
しっかりもののけいちゃんについていくと・・・

そこは馬籠宿というところでした。
 

まったくもって、無知でムチムチな私。全然知らなかった。
でも、けいちゃんの解説に「ほ~ほ~」と感心しながら、興味深く街並みを見ることができました。



けいちゃんの解説を思い出しながら、簡単にレポートします。
文章はほぼ馬籠観光協会オフィシャルサイトからの引用です。


<中山道>
 慶長5年(1600)の関ケ原の合戦で勝利をおさめた徳川家康は、翌年東海道の整備を手始めに順次交通網の整備に着手し、幕府が管轄する道路を定めこれらの道路には多くの宿駅を定めた。
 中山道は江戸日本橋を起点とし京都まで132里(約530km)の道程で、ここには69の宿場が設けられていた。本州の中部山岳地帯を縦断し、木曽を通っていたことから別名を「木曽路」とも「木曽街道」とも呼ばれていた。
DSCN3901.jpg江戸へ八十里半、京へ五十二里半とある。たして百三十二里ね。

 始めは《中仙道》 と書かれていたが、享保元年(1716)に、「東の海沿いの道を東海道というように、本州の中央を通る道だから《中山道》と書き改めるべきである」として、以後《中山道》と書かれるようになった。しかし《なかせんどう》と読まれた。
 中山道は東海道と共に江戸と京都を結ぶ大動脈であった。東海道の126里・53宿に比べて遠回りではあったが、東海道は大井川の川留めで旅の行く手を遮られたり、桑名一宮間の船旅で海難の危険が伴ったのに対し、中山道の旅にはこうした惧れがなかったことから、京都から江戸に向かう姫君たちはほとんど中山道を選んだ。しかし中山道も決して安全な道ばかりではなく、とりわけ馬籠宿と落合宿の間にある十曲峠は険しさで旅人をはばみ、木曽の桟(かけはし)は危険な箇所として恐れられていた。
かけはしや 命をからむ つたかづら 芭蕉


<馬籠宿 >
 中山道69宿のうち木曾谷には11の宿場が置かれており、馬籠宿は板橋を1番目とすると43番目になる。江戸からの距離は83里(333km)余りとなる。
 街道が山の尾根に沿った急斜面を通っており、その両側に石垣を築いては屋敷を造っていることから「坂のある宿場」が特徴となっている。
DSCN3905.jpg急な坂だけど、石畳が歩きやすい。
 
 かつて中山道の宿場町として木曽11宿の最南端に置かれた馬籠宿。険しい山道の出入り口にあった全長600m余りの小さな宿場は、現在も江戸時代のたたずまいを残している。(明治・大正時代の火災により江戸時代の建物は全て焼失。)

<枡形・水車>
DSCN3903.jpgけっこう大きな水車。

馬籠の南側の入り口に道路を直角に二度折り曲げた所がある。この部分の道路の山手側は切り土になっていて、城郭建築の桝形に摸して石垣を築いてあったことから、ここを「桝形」といった。本来宿場が軍事的な目的をもって作られていたことを示している。

<藤村記念館>
DSCN3909.jpg作品ひとっつも読んでないのが悔やまれました。でもね、けいちゃんの「家政婦は見た」的な解説で、「なるほど~」って感動がありました。

馬籠は文豪島崎藤村のふるさと。父をモデルとした『夜明け前』はここ馬籠が舞台。藤村の生家は江戸時代、本陣、庄屋、問屋をかねた旧家。明治28年の大火で焼失したが、昭和22年以降、記念堂・記念文庫・祖父母の隠居所などが建てられ、『嵐』『夜明け前』などの作品原稿、遺愛品、周辺資料、 明治大正詩書稀覯本コレクションなど約6千点を所蔵。神奈川県大磯町の書斎の復元もある。

<高札場と妻籠への道>
DSCN3911.jpgますます急な坂。ここからさらに歩いていく人いるんだよね~いやいや、昔は石畳もなくひどい道をわらじで歩いたんだよね~ワシ、無理。

急な坂の右側に立つのは高札場。宿や村の庶民に法令を徹底させる手段として立てられた。
この先は妻籠宿。

<恵那山>
DSCN3915.jpg展望台から。山頂は雲がかかっていて見えず。結局ココは岐阜?長野?というギモンはこの越県合併記念碑で解決。

木曽山脈最南端の山で、標高 2,191m。
江戸時代から美濃随一の名山として知られる。


いや~~短いがいい旅だった。また来たいな~けっこう近いし。今度は藤村作品読んでからね。
けいちゃんのおかげです。楽しかった。ありがとう←って、年下なのに、ずっとこんな関係です(笑)


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大阪城より B級グルメ食いだおれツアー

中村藤吉で生茶ゼリィを堪能したあとは、大阪へ。
iPhoneがナビとして役立ちました。



4時過ぎ大阪城到着。
DSCN3068.jpg名古屋城よりきんぴかゴーカDSC01272M.jpg

過去記事→名古屋城見てね!

DSCN3073.jpgしゃちほこ名古屋城圧勝DSC01276M.jpg 

またまたじっくり見たいのにかけあし。秀吉の生涯のジオラマやパノラマビジョン大坂夏の陣図屏風をじっくり見たかったなあ。


そして、夜はたこ焼き。
DSCN3074.jpg「蛸のつぼ」にて
自分たちで焼けるのがたのしぃ~~明石焼き、塩焼きそばもおいしかったです






翌朝は黒門市場から。
DSCN3076.jpg
そこから歩いてとりあえずなんば花月に向かう途中、たこ焼き道楽わなかにてたこ焼き立ち食い(画像なし)。塩とマヨのトッピングで、すっごいおいしかった。ワシはコレが一番好きや。

これが道頓堀か~
DSCN3079.jpg
これがグリコネオンか~
DSCN3078.jpg
それを見ながら
DSCN3083.jpg橋の上でまた「大たこ」のたこ焼き。うまし!大阪のたこ焼きって、どうしてこんなにたこがデカくてぷりぷりでおいしいんだろう



花月は当日券もあったけど、時間が合わね。
お土産見て、「しょうゆうこと」欲しかったけど、あきらめて。
ここでもう足がしんどくなって。ちょうどお昼だし。
大阪で一番のめあて、「肉吸い」じゃ~~~詳しくはコチラの記事⇒『memorandum 千とせ(肉吸い)』が詳しいよ



肉吸い 千とせ
DSCN3087.jpg
肉吸い(肉うどんのうどんなし)580円と小玉(卵かけごはん)200円
DSCN3090.jpg
肉吸いうましかつおだしに甘辛く煮た牛バラ肉。余計なアクやアブラはなくて、かといってアブラのうまみとりすぎず。濃い目の味なのにスッキリさっぱり。薄くこまかい肉と青ネギのしゃきしゃきが心地よい。中には黄身トロトロのポーチドエッグが。
「肉吸い小玉(しょうたま)」とセットで頼むのがツウらしいので、マネしてみたが、肉吸いの中に卵が入っているならいらなかったかな。もっちもちあきたこまちに慣れているうちらには、このご飯は・・・・でも、お店のたまごかけごはん専用の醤油と「しょうゆうこと」があったので、それはそれで楽しめた。肉吸いが最後の一口までおいしかったから、トータル大満足魯山人もほめてたし。




お次は通天閣です。足が痛かったし、お金もかかるので、登りはしませんでした。
DSCN3095.jpg
通天閣のまん前の串揚げやさんは大行列。
DSCN3096.jpg二度付けダメ!っていうより、食べるなって言われてるみたい


どうしよっか~って迷っていたら、腹いっぱいにもかかわらず、「かすうどん」の看板見てダンナとおねえはまっしぐら。(かす~揚げたホルモン~がたまらなくおいしかったって)ワシとチビはコーヒーやさんで一服。そこで串揚げのお店の情報を聞くと「パンフレットには老舗は載ってないよ。あの店オススメ」って教えてもらったのが・・・



串揚げ 近江屋本店
DSCN3102.jpg
並んでいたのは3組で、10分くらいで入れた。

フリッターみたいなフワフワの衣が特徴で、モノによっては細かいパン粉がついている。一串80円~290円。
DSCN3098.jpgアスパラがイイ!ソースキャベツの食べ放題がウレシイ。

おいしかったよ~お腹いっぱいなはずなのに、揚げもんなのに、パクパクいけちゃう。
おみやにも買って、帰りのSAのベンチでも食べました。



 ビリケンさん
DSCN3099.jpgトイレを探していたら、大きなビリケンさんが。通天閣のホンモノは見られなかったけど、足の裏、なでてきました。

 ドランクドラゴン 鈴木拓さま
DSCN3105.jpg今回の旅行で唯一見られた芸能人。握手もしちゃった~はねトび不人気総選挙だ~~
カメラを構える一般ピーポーたちに、「もったいないですよ~」「こんな私でいいんですか~」と謙虚でやさしいお言葉。いや、フンコロガシ好きだし。ガンバレ~~



そんなこんなで、満腹大満足な大阪。
串揚げの有名店のお盆休み以外は、予定の全て達成。
大阪もいいね~

疲れきって帰路に。渋滞もちょこっとしかなく、無事夜に名古屋に帰ってくることができました。思いつきのわりに、充実の2日間でした。




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平等院より 中村藤吉生茶ゼリィ

去年の春の京都も、突然の思いつき。

先日、京都宇治と大阪、1泊でちょこっと行ってきました。
やっぱり今回も、決めたのは前日。この夏休みも秋田・盛岡への帰省をあきらめたから、せめて高速1000円のときに近場で楽しまないと、子どもたちもあまりにかわいそう。
行き先考えました。四国香川にうどんツアー?(遠いよ)岐阜白川郷?(子どもたち興味ないって)信州長野そばのたび(新そばの季節に行けよ)北陸日本海の幸(やっぱ冬だよね)・・・・・
ん~~大阪行く途中に、前回寄れなかった京都宇治に寄り道ってどうだべ?

ってなわけで、ホテルもいつものお安いビジネスホテルツイン1部屋の予約さえ取れれば、なんとかなるよ、とばかりに翌日決行!

大阪たこ焼き・串揚げ&宇治で生茶ゼリィ食い倒れツアー

まずは宇治から。途中ちょこっと渋滞しましたが、3時間で到着。


平等院鳳凰堂
DSCN3041.jpgコレが平安時代から今に至るまで残っているのって、奇跡的~~~せっかく行ったのによ~~この内部を見られなかった。大体、家族で行くと、ゆっくりじっくり見るのを却下されるのさ~~木造阿弥陀如来坐像見ないって、内部見ないってどうよ~~(泣)ミュージアムの再現CGでガマンしました。
DSCN3047.jpg鳳凰いた~~でも、コチラは複製なんだよね~ミュージアム鳳翔館の鳳凰を見てから屋根の上のコチラを見ると、一目瞭然。他、木造雲中供養菩薩像も面白かった~~雲に乗ってるから「雲中」なのね~いろんな楽器をもって、優雅に音楽を奏でていました。

DSCN3055.jpg平等院内の各所に咲く蓮の花






そして、本来の目的、中村藤吉本店にまっしぐら。
やっぱり混んでて、40~50分くらい待ったかな?


中村藤吉本店
DSCN3062.jpgのれんをくぐると、お土産のショップ、中には庭園があって、広々とした敷地の奥に庭園を眺めながらのカフェという開放的な造りのお店。

冷たい茶そば
DSCN3056.jpgチビは迷わず大好物の茶そばを注文。でも、お茶のかおり・味が強くて今まで食べていた茶そばとまったく違うと戸惑うおチビ。が、とってもおいしかったって。生茶ゼリィが小さいつぼに入ってついているのがウレシイネ。ごはんにのったお茶のふりかけ?もおいしかったヨ。

生茶ゼリィ抹茶
おねえと私はコレ。ゼッタイコレ。いろんなのを食べたいおねえが「かーさん別なの頼んでよ~」って言うけど、ゼッタイ譲れない。だって、京都通のなおこちゃんがおススメなんだもん、間違いあるはずない。
DSCN3057.jpgなおこちゃーーーん!!とうとう食べたよ~~感動した~~
・・・ハイ、やっぱ間違いありませんでした。
凍らせた竹の器にとろぉ~り絶妙な柔らかさの甘さチョーひかえめゼリィがたっぷり。それに小豆、白玉、濃厚クリーミーこのうえない抹茶アイスのトッピング。ゼリィと小豆、ゼリィとアイス、白玉と小豆とゼリィ、っていうふうに、いろんな組み合わせを口に入れる楽しみ。味・バランス・量ともにカンペキ。値段(720円)は、値上がりしたらしいけど、これなら文句なし。

宇治きん氷抹茶黒蜜
おねえと同じく、なるべく違うものを食したいとダンナが注文したかき氷。抹茶蜜と黒蜜を好きなようにかけ、ダブルで楽しめる。上にはソフトクリームが。小豆と白玉も乗ってたよ。850円ナリ。
DSCN3058.jpg蜜をかける前DSCN3060.jpgかけて一口食べたあと


こりゃ、大満足。いつも口うるさい、とにかくなにか一言ケチつけなきゃ気がすまないダンナも「これはまいった。ケチのつけようがない。」と言っておりました。ま、平等院で良いものを見たあと、暑い中歩いて探して、待って待って食べたんだからね~よりおいしかったよね~


おまけ
DSCN3064.jpgダンナが通りの肉屋さんから買ってきた抹茶コロッケ。ん~~お茶の酸味・渋みがコロッケとしてはビミョーかな?





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次はちゃんと調べて行こう  京都

思いつきで行ったわりには、いろいろ見られてよかったけど。
知識がなくても、京都の美しさは感動したけど。

でも、娘たちに説明できる知識は全くなかった・・・
次行くときは、ちゃんと調べて、目的をもって行かなきゃね。

三十三間堂
DSC02730.jpg
千手観音像や風神雷神像に言葉失う

清水寺
DSC02748.jpg
とても飛び降りるなんて・・・

渡月橋からの嵐山
DSC02764.jpg
やっぱ紅葉か桜の時期に

金閣 鹿音寺
DSC02769.jpg
目の前に姿をあらわしたとき、鳥肌が・・・

新撰組屯所 旧前川邸
DSC02777.jpg
おねえからいろいろ新撰組のこと聞きました


なおこちゃんのブログ 宇治を見て、宇治・平等院に行きたかったんだけど、却下されました。なおこちゃんが食べていた湯葉あんかけ丼や、宇治茶の中村藤吉本店の生茶ゼリィ抹茶(↑おいしそうな画像は上のブログでごらんください)あー食べたかった・・・こちらのお店は京都駅にもできたらしいので、懇願しましたが・・・あえなく却下。駐車場までの長い車列が、生茶ゼリィ抹茶への道を閉ざしました。すっごい心残り。
舞妓はんのかっこうもしたかった・・・いやいや、娘にさせたかったけど、お高いのね・・・

次回は準備万端整えて、勝負にいどみます。ってどこにだよ


京都 一澤帆布と信三郎帆布

帆布(はんぷ)って、船の帆に使われていた布だからそういうんでしょうが、綿キャンバスのこと。厚手の平織りのがっちりした布で、1号~11号(厚い~薄い)まであります。中学生のころから、この素材大好き。よくズタ袋を作っていました。今思えば、トートバッグ型だったな~

その布だけで作ったシンプルで頑丈な一澤帆布のバッグは、もともとは牛乳屋さん、植木屋さんなど職人の間で流行ったそうです。歴史は100年あまり。時代はかわり、旅行客から評判がひろがったのか、いまや人気ブランド。『京都市東山知恩院前上ル 一澤帆布製』という赤枠のタグが強烈インパクト。

実物を見たのは、ともだちのれいこちゃんが、このタグのついたトートバッグを持っていたのが最初かな?
そして、数年前、3代目が亡くなったときの相続問題でマスコミをにぎわしたのも、ワイドショー好きの私にとっては記憶に新しい。兄弟は完全に決裂、弟のほうは職人を引き連れて別のお店を立ち上げたというニュースを聞き、いつかそのお店を見てみたい・・・そう思っていました。

念願かなって・・・行ってきました。

コチラ、信三郎帆布
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布へんに包で、「帆布の鞄」ってワケですね。
       
       VS

コチラ、元祖 一澤帆布
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画像わるくてごめんなさい。

ん~~~
道路をはさんで、はす向かい。

一澤帆布はシンプルでオーソドックスなタイプのかばんが多いですね。どれも好きです。信三郎帆布のほうはそれをベースに、柄ものやいろいろな色のコンビも多くて、新しいカンジ。麻素材もありました。どちらも満員状態だったけど閉店ぎりぎりまで混雑していたという点で、注目度・人気は信三郎さんのほうが有利なのかな?

どっちもそれぞれ個性を出して、商品で競い合えばいいと思う。そうやって道を追求するなかで、いいものが生まれるんだろうしね~

まだ商標権うんぬんでもめてるって聞いたけど、真の骨肉の争いの結末はいかに!(←ひとごと)
って、もしやもうこの話題は古いの?

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さんざん悩んだあげく、コレ、買いました。(さて、どちらで買ったでしょうか?)どういう作りか、実際手にとって見てみたかったし、荷物の多い私にはいいかも~

嵯峨豆腐 森嘉のおとうふ・ひろうす・あつあげ

先日、思いつきで京都行ってきました~~!たまたまビジネスホテルのキャンセル待ちとれたので。車で2時間半って、秋田ー盛岡間とかわらないじゃん。なんて近いんだ。mayuiカンゲキ
思いつき夫婦だから、たいした下調べもせず、ガイドブック頼りに行ってきました。うちの車にはカーナビがついていないので、地図見て、あっちでもないこっちでもないってけんかしながら・・・でも、ダンナがリサーチしたこの有名なお豆腐やさん『嵯峨豆腐 森嘉(もりか)』はすんなり見つけられて、ラッキー!ここは午前中で売り切れてしまうらしいから。
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店の前には7~8人並んでました。

スーパーで売っている豆腐の2倍くらいの大きさ。容器を持っていけば360円で作りたてを売ってくれるらしい。もって行かないと400円でこのパック。あー次は器としょうゆ持ってって、店先でできたてを食べよう。
これは飲み物用クーラーバッグにコンビニで買った氷を仕込んで持ち帰りました。家につくやいなや、湯豆腐で食べました。
あ~このやわらかさ、つるさらっとしたのどごし、身体が清められる~~~ってカンジ。後味ほんのり。もっと濃厚クリーミーな豆腐もあってそれもおいしいけど、豆腐って元来こういうものなんだろうな~って思いました。嵯峨豆腐は絹ごしと木綿の間くらいのかたさという。率直な感想は、「風味よりなめらかさ。いつもの絹ごしよりなめらかだけど、いつもの絹ごしより崩れにくいから、湯豆腐にピッタリ!」
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これはユリネ・ぎんなんがごろんとはいった贅沢なひろうす。半分に切った切り口が花のようです。生地にきくらげも入って、歯ごたえも楽しめる、どっしり充実の食べごたえ。
そのほか、厚揚げがまたおいしかった~~!(画像撮り損ねた)厚揚げの内側の豆腐って、ちょっとボクボクっぽいじゃないですか。でも、これは口どけのよい豆腐のまま。ただしょうがじょうゆかからしじょうゆで食べたい。油揚げも大判でふっくら。油も良質なものをつかってるんだろうな~

こちらのお店は江戸後期創業の歴史のあるお店。禅寺の精進料理にここの豆腐が使われたのが、嵐山の湯豆腐のはじまりだそうです。通常はにがりでかためるのに、ここではすまし粉(硫酸カルシウム)を使う。これがこの絶妙なかたさのヒミツなんだとか。詳しくはコチラ→湯豆腐はこうして京名物に!
プロフィール

mayui

Author:mayui
夫1人、娘2人の専業主婦
盛岡市出身、秋田に嫁ぎ15年、最近名古屋の近くに引っ越しました。
好きなモノ:チョコ付きコーヒー、マンガ、テレビ
好きなコト:材料を買う、モノを作る、人に見せる。いろいろな作家の手芸本を買って眺めながら、作りたいものを考える時間も好き。下手なフルートを吹くのも好き。へび年のいのしし座

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手作りの店はじめました MAKING×LIVING
 
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